| 数学 有限か、無限か、千日手の話 〜「ロジカルな将棋入門」〜 |
NO.178 |
2006.6.7作成
先日、学校の図書館で、おもしろい本を見つけました。それは、「ロジカルな将棋入門」(野崎昭弘著)という本
で、数学者が書いた入門書です。この数学の部屋No.22にも書いた、将棋における最大分岐数は593通り
だとか、おもしろい切り口で将棋を紹介している本です。最後の第6章には、「将棋と数学」というタイトルで
指し手について数学的な考察がされていて、とても興味深いものでした。その中に、「千日手」の話があったので
紹介したいと思います。
有限か、無限か
一局の将棋を指すことは、指し手の木の上では、「上から下へ、1本の道筋を辿ってゆく」ことです。このような
道筋(pass)は、どちらかの王様が詰んでしまえばそこで終わりですし、持将棋(引き分け)になっても終わりです
が、なかなか勝負がつかずに延々と続けられることもあるでしょう。しかし「永遠に勝負がつかない」ことはありうる
でしょうか?
この問題に関するのが「千日手」の規則です。前にも触れましたが、ここではわざと古い形で書いてみましょう。
同じ手順が3回くり返されたら「千日手」とし、無勝負とする。
たとえば図1(a)で、▲4一龍とされると、△2二玉(図1(b))と逃げるしかなく、▲4二龍△2一玉でまたもとに
戻ってしまいます。これを3回くり返すと規則によって「千日手」で、対局は打ち切られます―指し手の木の道筋も、
そこで終わりになるわけです。
図1

(a) (b)
図2

(a) (b)
でも図1では、次のような指しかたもあります。▲1七金(図2(a))△3五馬▲1六金(図2(b))△3四馬
これでまた戻ってしまいます。前の手順(▲4一龍、△2二玉、▲4二龍、△2一玉)をAで表わし、あとの手順
(▲1七金、△3五馬、▲1六金、△3四馬)をBで表わすことにしましょう。これらの手順をうまく組みあわせて
「千日手にならずにいつまでも指し続ける」ことはできるでしょうか?
なにそんなのは簡単だ、たとえば、ABABABAB…と指してゆけばよい―と思ったら、それは早合点というもの
です。これでは「AB」という8手の手順がくり返されていますので、AB、AB、ABと指したところで千日手が成立して
しまいます。
では次のようにすればどうでしょうか。ABABBA、ABBAAB、BAABAB、…
しかしこれも、このパターンをくり返すのだったらやはりいつかは千日手になりますし、実はこの中にすでに
「同じ手順の3回反復」が含まれています(図3)。
図3
(1)ABABBA、ABBAAB、BAABAB、ABABBA、…
(2) やコンマを省いてツメて書いてみると、
ABABBAABBAABBAABAB…
というわけで、「決して千日手にならない無限の列」を作るのはけっこうむずかしいのですが、うまくやれば
できます。図4に示したトゥエ列はその一例で、どの部分を調べても、「同じパターンが3回続く」場所は絶対に
ありません。千日手の昔の規則では、「永久に勝負がつかず、千日手にもならない」場合がありうるのでした。
図4
(T)トゥエ列(Thue sequence)
ABBABAABBAABABBA,
BAABABBAABBABAAB,
BAABABBAABBABAAB,
ABBABAABBAABABBA,
BAABABBAABBABAAB,
ABBABAABBAABABBA,
ABBABAABBAABABBA,
BAABABBAABBABAAB,
…
(U)トゥエ列の作り方
(ア)”A”から出発する。
(イ)それまでにできている列”○○…○”から、「AをBに、BをAに」書きかえた列”□□…□”を作り、
それを前の列につなぐ。
たとえば”A”のAをBに書きかえると”B”になり、これを”A”につなぐと”AB”ができる。次に、こうして
できた”AB”の「AをBに、BをAに」書きかえると”BA”になるから、これを”AB”につなぐと”ABBA”が
できる。このように操作(イ)を無限に続けると、無限に長い列
A:B:BA:BAAB:BAABABBA:…
ができる(つけ加えた列の境いめを点線で示した)
新しい規則では、千日手は次のように規定されています。
同じ局面に3回戻ったら「千日手」とする。連続王手による千日手は攻め方(王手をかけている方)の負けで、
それ以外は無勝負とする。
これならAABでもABAでも、同じ局面に3回戻りますから、そこで千日手が成立します。ありうる局面の総数は、
巨大な数になりますが有限には違いありません。ですからどんな指し手を選んでも、いつかは必ず終わるわけ
です。