〜「いつも滑り込みセーフ」(渡辺元智横浜高校野球部監督)より〜
「戦力外」だった松坂
「松坂大輔」。2006(平成18)年、初めて開催されたWBCでMVPに輝くなど、今、この名前を知らない野球ファンはいないであろう。特に高校3年の時、最高の舞台・甲子園で、右腕から繰り出される剛速球に加え、その力強さとは正反対のさわやかな笑顔…。すべての要素を兼ね備えたスターの出現は、野球を知らない老若男女にまでも強烈な印象を与えた。
しかしながら、松坂との初対面の印象は、まったくと言ってよいほど、大物を予感させるようなものではなかった。
当の松坂は、部長から「スピードはあるが、ノーコン、そして肥満体であるから、海のものとも山のものとも分からぬ」ということであったため、まったくと言っていいほど私の記憶に残っていなかった。当然期待の選手であれば、1年生のうちから抜てきし、試合にも登板する機会はあるのだが、松坂は当初戦力にも加わらない選手であった。
松坂1年の夏、横浜は甲子園出場を果たした。その時松坂は、アルプススタンドで声援を送っていた。力不足といえども将来への経験のためと思い、甲子園組に帯同させたのであるが、結局ストライクが入らないため、練習での打撃投手も務まらなかった。
サヨナラ敗けからの発進
松坂大輔らが2年の夏だった。私の手帳をめくってみる。
「1997.7.29 夏季大会 Y校 松坂四球多し 敗退」
たった、これだけ。四冠、そして44連勝という高校野球史上前代未聞の快進撃が始まるきっかけとなった”歴史的敗戦”だ。
(夏の県大会準決勝、横浜商戦。連覇を狙い候補筆頭だった横浜は先攻で、9回表まで2対1とリードしていた。その裏、同点とされた後の1死1、3塁。初球、松坂がスクイズを警戒して外角に外した投球が暴投となりサヨナラ負けを喫した。横浜は14安打と圧倒的に攻めながら、わずか5安打のY校に敗れ、渡辺監督は「若さが出た」と唇をかんだ)
試合後のベンチで、私の目に松坂の号泣が映った。2年生の主力選手たちがマスコミの目をはばからず泣いていた。悔し涙だ。連続甲子園出場の夢が断たれ、「3年生に申し訳ない」と大声で泣いた。
何が何でも絶対に勝とう
PL学園との死闘に決着を付ける―。私の思いはその1点だった。だが、こんな劇的な形でそれが訪れるとは。まさに信じられなかった。
17回の攻撃も2死。1塁には敵失で得た走者がいた。打席には左の常盤良太。延長11回に代打で出し、以後3塁を守っていた。ここまでの2打席は凡打だった。しかも左打者には逆風の浜風だ。
初球だった。鋭い金属音を残して、弾丸ライナーが右中間に。
(延長17回は80回大会最長で、試合時間は3時間37分に及んだ。松坂は1人で投げ抜き、死力を奮った250球は大きな感動を与えた。インタビューで、松坂は「絶対負けない」という気持ちだけでマウンドに立ち続けたという)
敗戦濃厚…それが一気に
準決勝の明徳義塾(高知)戦は超満員となった。前日のPL学園戦の死闘に高校野球の原点をとらえたのだろうか。松坂大輔の熱投をまた見たさに、甲子園を埋めたのだろうか…。だが、その松坂の姿はマウンドにはなく、左翼を守った。
8回表を終了して0対6の大差をつけられた。しかも、横浜高校打線が7回までに放ったヒットはわずかに3本である。
私の脳裏に一瞬のうちにさまざまな思いが行き来する中、1つの結論を出した。
「このチームで最後の試合ならば、チーム最高のメンバーで終わりたい」。有終の美を飾りたいと考えたのだ。
私はこう声を出していた。「おーい松坂、最後の1イニング投げられるか」。彼は「はい」と2つ返事でこたえ、そのままブルペンに投球練習へと向かった。
その瞬間だった。ブルペンから巻き起こった風が一気に巨大なハリケーンとなって襲ってきたような、表現し難い異様な雰囲気が球場を包み込んだ。
「うぉーっ」という球場全体の声の圧力というか風圧とでもいうのか、ベンチに立っていられないほどの激しさ。
8回裏、守備についた明徳の選手たちもブルペンで投げている松坂の姿を見た。6点の大量優位だというのに明らかにそれまでの勢いは失せ、球場の雰囲気に気圧されていた。まるで、ヘビににらまれたカエルのようになってしまった。
明徳義塾 000 131 010 =6
横 浜 000 000 043×=7
チームの「完成」を実感
絶対に勝て、いや勝てる。「ワン・フォア・オール」が完成するときだ。私がずっと描いてきた高校野球の原点「全員野球」がここにある。
2死1塁。京都成章30人目の打者に対して、ツーストライク・ツーボールに追い込む。最後の1球が小山のミットに―。
球審の右手が上がり、見逃し三振。やった。決勝戦でのノーヒットノーランというとてつもない大記録で、春夏連覇を達成した。
思えば、開会式で小山がこう宣誓した。「多くの人々に生きる勇気と希望を与えることができるように全力でプレーすることを誓います」。