| 卓球 ATCオープン大会 〜40歳から伸びる人〜 |
NO.118 |
2004.11.10作成
●2004.11.6(土) ATCオープン大会 県央体育センター
ATCオープンという大会に、選手と一緒に参加しました。私は一般の部ではなく、シニアの部に出場しました。
男子シニアの部
予選リーグ
佐藤 ○ 3(10, 9,11 )0 × 道本 (小田原北条クラブ)
× 1( 9,-7,-7,-6 )3 ○ 首藤 (ORANGEクラブ)
2試合とも接戦でしたが、1勝1敗で決勝トーナメント進出ならず。最近は練習してないせいか、体力も衰え、
1試合やると次の試合は体が動きません。40歳過ぎたら、以前のような卓球ができないのでしょうか。
いや、そんなことはないと思います。練習してないだけの話で、気持ちで負けているだけでしょう。
先日、「40歳から伸びる人、40歳で止まる人」(川北義則著、PHP)という本を読みました。その中から、参考に
なった部分を紹介します。
「好いたことをして暮らすべきなり」
四十歳を過ぎる頃になると、急速に成長が止まる人と、まだ伸びる人に分かれる。その差は何かというと、
伸びる人は嫌なことをやっていない。好きなことをしているからまだまだ伸びられるということがわかる。
日本人の好きな言葉の一つに「先憂後楽」というのがある。嫌なことは先にやって、楽しいことは後でゆっくり
楽しもうという考え方だ。食べ物で好物を先に食べるか、後回しにするかという命題と同じである。
食べ物の場合は簡単だ。私は好きなものを優先する。先にまずいものを食べてお腹を膨らませてしまったら、
味覚的には絶対に損である。空腹は最大の調味料というように、うまいものはお腹をすかせて食べたほうがより
うまい。
先憂娯楽の場合は人さまざまだと思うが、やはり好きなことを先にしておいたほうがいいような気がする。人間、
生身の体だからいつ死んでしまうかわからないし、嫌いなことをやった後に好きなことをというのは、何か生理的
にも不自然な気がする。
ただ、多くの日本人は、やはり先憂娯楽の言葉通りがいいと考えるだろう。親が子どもに「宿題を片づけたら
おやつをあげます」「遊びに行ってもいいよ」というのも、この順序に沿った考え方だ。また「若いうちの苦労は
買ってでもしろ」ということも、子弟教育でよくいわれることである。
確かに若いうちはそうかもしれない。だから宿題を先にやらせるのは、親としては間違ったやり方ではない。
だが四十路を過ぎてからも同じでいいかというと、これは事情が違ってくるような気がするのである。
経営コンサルタントの船井幸雄さんがこんなことをいっている。
「世間では苦労しなければ人間は成長しないといわれている。とくに若いうちは、苦労しないよりは、したほうがいい
と考えられている。だが、私はどうしてもそのことに納得がいかないのだ。苦労などしないですむならしないほうが
いいと思う」
この気持ちは私にもわかる。船井さん自身は農家の出身で、子どもの頃から田んぼを手伝わされて、かなりの
苦労をされたらしい。普通は自分の経験したこと、しかも結果がよかったことは、踏襲して人にも勧めるものだが、
船井さんはそうではない。
「苦労は避けることができない場合もあるし、もし降りかかってきたら敢然と受け止める勇気も必要だが、辛酸を
なめなければ幸せになれないとしたら、それは解釈が間違っている」
苦労しなければならない立場にあったら、そこから逃げ出さないで苦労をきちんと受け止めよう。それがまともな
大人の生き方だ。だが人間四十歳を過ぎたら「苦労ばかり」をよしとするような生き方を反省してみる必要がある。
それは「苦労症」「貧乏症」という病気であるかもしれないからだ。
『葉隠』を書いた山本常朝は「いまの世を百年も以前の能風になしたしとても、成らざる事なり。されば、その時代
時代にて能様にするが肝要なり」と当時(江戸前期)としては、非常に近代的な発言をした人だ。たとえばこんな
具合である。
「諫言、異見は和の道、熟談にてなければ、用に立たず候」
「金銀は求めればあるもの、人はなきもの」
「若きうちにはずいぶん不仕合わせとなるがよし」
常朝で一番有名なのは「武士道とは死ぬことと見つけたり」だが、これが知られすぎて堅苦しい人間に思われて
しまったようだ。彼の言葉で私が一番好きなのは次の言葉、これこそ中高年以降の生き方の指針であると思う。
「人間一生誠にわずかなことなり、好いたことをして暮らすべきなり」