卓球 「野村ノート」@
            〜感謝の心〜
 NO.167 

2006.3.17作成

 最近、「野村ノート」(野村克也著、小学館)という本を読みました。プロ野球、楽天の監督となった野村監督の

書いた本で、「指導者はかくあるべき」という大変ためになる内容が盛り込まれています。その本の「はじめに」を

紹介してみたいと思います。


 つい最近、ヤクルトの二軍グラウンドで練習をする機会があり、ロッカーに立ち寄ったところ、次のような言葉が
書かれた紙が貼ってあった。

「おかげさまで」
夏がくると冬がいいという、冬になると夏がいいという
太ると痩せたいという、痩せると太りたいという
忙しいと閑になりたいという、閑になると忙しいほうがいいという
自分に都合のいい人は善い人だと誉め、自分に都合が悪くなると悪い人だと貶す
借りた傘も雨があがれば邪魔になる
金をもてば古びた女房が邪魔になる、世帯をもてば親さえも邪魔になる
衣食住は昔に比べりゃ天国だが、
上を見て不平不満に明け暮れ、隣を見ては愚痴ばかり
どうして自分を見つめないか、静かに考えてみるがいい
いったい自分とは何なのか
親のおかげ、先生のおかげ、世間様のおかげの塊が自分ではないのか
つまらぬ自我妄執を捨てて、得手勝手を慎んだら世の中はきっと明るくなるだろう
おれがおれがを捨てて、おかげさまでおかげさまでと暮らしたい

 ある社会活動家の言葉だそうだが、これを見てはっと思い当たることがあった。監督としてこれまで23年間
選手の育成にかかわってきたが、いまの選手にもっとも欠けているものは何か、それは「感謝の心」に
ほかならないと気づいたのだ。
 つい最近、家族で応援しているボクサーの亀田興毅選手の東洋太平洋フライ級タイトルマッチを観戦した。
相手をノックアウトしてチャンピオンベルトを手にすると、彼はこんな言葉を口にした。
「このベルトじゃおやじは喜べへんから。世界獲っておやじに渡したいな」
 さすが10代で世界を狙おうというだけあって、心構えが違うと思わずうなってしまった。
 われわれの時代はそれが当然だったが、親に楽をさせたいという思いが一流と呼ばれる人たちの原動力
だった。逆にいえば、一流と呼ばれる人間で親を大切にしない者はいなかった。親孝行とはすなわち感謝の心
である。この感謝こそが人間が成長していくうえでもっとも大切なものである、というのが私の持論である。そして、
そうした成長の集大成がチームとしての発展につながっていく。
 よい監督とは、もちろんそれなりの結果が伴うことを必要とされる。勝負の世界であるから結果至上主義なのは
当然だが、いい結果を出したいからこそ、まずは選手たちの「人づくり」に励むのである。
 私は監督をやっていくうえで、次の5原則に従って職務を遂行してきた。

@「人生」と「仕事」は常に連動しているということを自覚せよ(仕事を通じて人間形成、人格形成をしていくという
 こと)。
A人生論が確立されていないかぎりいい仕事はできないということを肝に銘じておくこと。人間はなぜ生まれてくる
 のか。それは「生きるため」と「存在するため」である。すなわち価値観と存在感である。その人の価値や存在感
 は他人が決めるものだ。従って、他人の評価こそが正しいということになる。”評価に始まって評価に終わる”と
 いわれる所以である。
B野球をやるうえで重要なのは、「目」(目のつけどころが大事だ)、「頭」(考えろ、工夫しろ)、「感性」(感じる力を
 養え。それには負けじ魂や貪欲な向上心やハングリー精神がポイントとなる)の3つである。
C技術的能力の発揮には次の3点、「コツ」(投げる、打つ、守る、走るときのコツ(感覚)を覚える)、「ツボ」(相手
 チームの得意な形、相手バッテリーの配球の傾向、マークする選手、打席でのマークする球種、相手打者の
 攻略法、クセ探しなどのツボを押さえておくこと)、「注意点」(相手のなかでマークする選手、投手は相手の得意
 なコースや球種は絶対に投げない、理想のフォームを崩さないための”意識付け”をしておくこと。性格面もそうで
 あるように無意識だとどうしても欠点が出てしまう)が重要となる。
D無形の力をつけよ。技量だけでは勝てない。形に出ない力を身につけることは極めて重要である。情報収集と
 活用、観察力、分析力、判断力、先見力、ひらめき、鋭い勘等々である。

 以上のことを実行するためには、当然猛練習でもって基礎体力づくりや技術力のレベルアップに励み、気力が
充実していることが前提にあることはいうまでもない。
 だから、プロフェッショナルとは「当たり前の事を当たり前にやる」ということになる。

 阪神時代に私が記した『ノムラの考へ』がプロの一部の選手たちの間でコピーされて読まれていると聞いた。
本書はその『ノムラの考へ』をベースに、今年古稀を迎えた私が野球界にかかわった50年以上の歳月をかけて
学んできた、監督としてのあり方、あるいはその原則をあらためてまとめたものである。   


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