| 卓球 県教職員卓球大会 〜夢を追い続ける勇気を〜 |
NO.232 |
2007.5.13作成
●2007.3.21(水) 西湘オープン大会シングルス 平塚アリーナ
毎年、春分の日に行われる西湘オープン大会に出場しました。参加人数が多く、顧問の私も生徒と一緒に大会に出てみました。
ミドル男子の部
予選リーグ
佐藤 × 0(-2,-3,-5 )3 ○ 蜂谷 (平塚卓栄会)
○ 3( 7,10, 8 )0 × 山本 (茅ヶ崎クラブ)
決勝トーナメント
1回戦
佐藤 ○ 3( 6, 1, 7 )0 × 落合 (個人)
2回戦
佐藤 × 1(12,-8,-3,-12 )3 ○ 開澤 (西湘エース)
予選2位でも決勝トーナメントへ進出でき、結局、ミドル男子の部でベスト8に。
●2007.3.25(日) 綾瀬市オープン大会シングルス 綾瀬市スポーツセンター
春休み中、生徒と一緒に大会に出てみましたが…。
ミドル男子シングルス
リーグ戦
佐藤 × 0(-6,-7,-10 )3 ○ 勝又 (平塚卓栄会)
× 0(-1,-6,-10 )3 ○ 佐藤 (湘南クラブ)
× 0(-4,-7,-10 )3 ○ 小堤 (高倉クラブ)
× 0(-5,-6,-7 )3 ○ 吉川 (高倉クラブ)
きれいに4戦全敗。
●2007.3.30(金) 東海大相模高との練習試合 東海大相模高
春休みに、練習試合を行いました。
シングルス
佐藤 ○ 3( 5, 9, 4 )0 × 辺土名(女)
○ 3( 4, 4, 6 )0 × 和田(女)
○ 3( 4, 2, 3 )0 × 田口(女)
○ 3( 5, 5, 2 )0 × 筒井(女)
○ 3( 6, 4, 3 )0 × 土井(女)
○ 3( 7, 2, 5 )0 × 道上(女)
○ 3( 8, 4, 3 )0 × 末永(女)
●2007.4.29(日) 厚木市大会団体戦 東町スポーツセンター
厚木市大会の団体戦がありました。3人制の団体戦で、3チームによる予選リーグの後、各順位トーナメントというものでした。
1S 2S 3W 4S 5S
ABC A B B・C A C
XYZ X Y X・Z Y Z
一般男子団体戦
予選リーグ
厚木西高(E) 0対3
藤塚クラブ
1 但野 × 1(-6,-3, 8,-9 )3 ○ 松原
2 折田 × 0(-11,-5,-7 )3 ○ 山崎
3 但野・佐藤 × 2(-5, 8,-7, 9,-5 )3 ○ 山崎・石黒
4 折田
松原
5 佐藤
石黒
厚木西高(E) 3対0
厚木商業高(B)
1 但野 ○ 3(-4,12,-5, 8, 9 )2 × 菊池
2 折田 ○ 3(11, 9, 9 )0 × 木脇
3 折田・佐藤 ○ 3( 5, 4, 6 )0 × 菊池・保科
4 但野
木脇
5 佐藤
保科
2位トーナメント
1回戦
厚木西高(E) 3対2
アンリツ
1 但野 × 0(-7,-9,-8 )3 ○ 持主
2 折田 × 1(-7,-5, 9,-9 )3 ○ 佐藤
3 折田・佐藤 ○ 3( 5,-3, 7,-7, 3 )2 × 持主・勝又
4 但野 ○ 3( 5, 9, 6 )0 × 佐藤
5 佐藤 ○ 3( 6, 8, 8 )0 × 勝又
2回戦
厚木西高(E) 1対3
農友会(東京農大)
1 但野 × 2(-4,-7, 5,13,-10)3 ○ 黒岩
2 折田 × 0(-6,-10,-8 )3 ○ 七海
3 折田・佐藤 ○ 3( 4,-7, 6, 7 )1 × 黒岩・小澤
4 但野 × 2(-10,8, 7,-8,-9 )3 ○ 七海
5 佐藤
小澤
今年も、県の教職員大会が行われました。年代別のシングルスの試合で、参加人数が少なかったため、男子40代の部はリーグ戦でした。
シングルス 男子40代
リーグ戦
佐藤 × 1(-5,
6,-6,-11 )3 ○ 武藤(県スポーツ課)
○ 3( 1,-7, 2, 5 )1 × 松山(洋光台第4小)
× 2(-9, 6,-13,8,-6)3 ○ 吉田(山崎小)
× 2(-9,-6,10, 4,-9)3 ○ 吉川(湘南白百合小)
○ 3( 2, 3,10 )0 × 治田(横浜高)
結果は3敗して、4位に。優勝した吉川さんにもフルセットまで競れたので、あと一歩のところでした。
夢を追い続ける勇気を 宇宙飛行士 野口聡一さん 〜「高校生新聞」より〜
高校に入学したばかりの春、スペースシャトル第1号の打ち上げを見て、宇宙飛行士という憧れが、具体的な夢となった。地道な努力を積み重ね、粘り強くチャンスを待った。くじけそうにもなったが、9年越しで宇宙へ。夢をあきらめない大切さを野口さんは伝える。
宇宙飛行士という職業が、日本人にとっては「夢のまた夢」だったころ、高校の進路調査用紙の将来なりたい職業欄に「宇宙飛行士」と書いた。先生は、驚きながらも真剣に相談にのってくれた。
エンジニアをしながらも、宇宙のことは常に頭のどこかに意識して英語力に磨きをかけていた。夢は途方もないものだったが、そこであきらめずに努力を積み重ね、宇宙への切符を手に入れた。
訓練は厳しく、ミッションまでには、シャトル計画が白紙になる大事故も起こり、心が折れそうになった。そんな野口さんを支えたのは、家族や同僚、そして自分のすべきことを地道に続ける勇気だった。
全世界が注視する中、スペースシャトルのハッチを開けると、そこには青くて生き生きとした地球の命の歴史があった。そのときに見たものや感じたことを多くの人に伝えようと、ミッションから帰還して1年以上が経過した現在でも、宇宙開発の仕事の傍ら、取材に講演に忙しい日々が続く。
「自分の姿を見て、次の世代の人が宇宙にあこがれるきっかけになってくれればうれしい」と語る野口さん。夢を追う大変さを知っているからこそ「あきらめない心を」とメッセージを送る。