| 卓球 「ザ・プロフェッショナル」 〜松下浩二プロの卓球人生〜 |
NO.70 |
2002.9.21作成
前回は、松下浩二プロによる「最強の卓球レッスン」という本から、新時代卓球に勝つための10か条を
紹介しました。今後の練習に生かしていきたいと思います。
それから、松下浩二プロの卓球人生を綴った「ザ・プロフェッショナル」という本も読んでみました。いや〜、
卓球にかける情熱は半端なものではありませんね。常に前向きに取り組む姿勢を、我々も学びたいものです。
その本の中から、一部、紹介したいと思います。
第3章 決意―プロフェッショナルへの道
全日本選手権初優勝がぼくの不安を消してくれた
…
よく世界で活躍したトップアスリートが土壇場で見えない力を感じ、そこに神の存在や、宗教心というものが
芽生えるという経験談を聞くけれど、そういう気持ちが確かにわかる。
スポーツには、ぎりぎりのところでの知られざる世界がある。それまでぼくは神の存在というものを信じる人間
ではなかった。ところが、あの全日本選手権で信じられない経験をしたことで、ぼくは見えない力の存在を信じる
ようになった。それは具体的に言葉では説明できないものだが、人間が極限まで追い込まれ必死になった時に
自分自身の感覚を越えたパワーが発揮される。それは必死になった時にしか出ない。単純な運とかラッキーという
言葉ではすまされない。ある種の見えないパワー。現実的に起こり得る状態の時に起こるのだけれど、いつでも
起こるのではなく、これ以上ないというぎりぎりのところで発揮されるパワーなのだ。
限界までの挑戦、節制された日常生活、自分を見つめる膨大な時間、卓球への真摯な態度―そういったものが
つなぎ合わされながら何かに導かれる感覚。目に見えない力の偶然と必然。自分の心の中に宿った神の存在。
プレーしている自分を、もうひとりの自分が見ている感覚―。
良い意味でぼくはそれ以後変わった。ぼくはひとりじゃ勝てない。多くの人の協力があってこそ初めて自分が
生かされる。そういった方々への感謝という気持ちが自然に自分の中で湧き起こった。人間ひとり、できることは
たかが知れている。ひとりの存在ほどちっぽけなものはない。いろいろな力が加わって、自分は勝てるようになる。
土壇場で勝ったことで、自分の力の小ささを実感することができた。
…
それにしても、あの1993年12月26日は不思議な一日だった。準々決勝、準決勝、決勝の3試合をやった
けれど、全く疲れなかった。自分が自分でないような感覚―ぼくは今どこにいるんだ。
自分に対して誇りを持った時にアスリートは強くなれる。それまで国内でやる時には、自分にあまり誇りを
持たないまま試合で戦っている状態だったから勝てなかった。あの全日本選手権では、ぼくは自分自身に対して
プライドを持って戦っていたから強かったのだろう。
プロになっていたから勝てた試合だろう。そうでなければああいった奇跡的な逆転は起こらない。今思えば、
ぼくはプロ宣言しなかったら、ただの「良い選手」で終わっていたのかもしれない。
優勝したその晩は、フジテレビのプロ野球ニュースに出演し、夜遅く日産の寮に帰ってきた。ぼくはいたって
クールで、翌朝起きて、もう次のことを考えていた。「世界でどうやったら勝てるのか」と。
…
あの優勝でぼく自身変わった。それはひと言で言えば「自信」。プロフェッショナルとしてやっていける自信が
心の中から湧いてきたのだ。それまでぼくは、自信よりも不安を抱えて走っていた。その不安をうち消すために
練習をしていた。ところが、優勝したことでぼくが得たものは、お金以上の「自信」という特大のボーナスだった。
その時点でぼくの不安は消え、「これで卓球のプロとしてやっていける」という気持ちが湧き上がってきた。
第6章 新たな挑戦・そして日本の未来へ
プロフェッショナルとは何か―「マイスター」への道
日本ではプロフェッショナルということに過剰に反応する傾向がある。プロだから負けてはいけない、プロだから
強くなくてはいけない、プロだから…。確かにぼくもプロ宣言した当初は「プロだから」と気負っていた。
ドイツではプロフェッショナルのことを「マイスター」と言う。その道のエキスパートで、それを専門にやっていて、
それで生活して、そのことを中心に生活が回っていることの人をマイスターと言う。お金をたくさんもらっているから
プロフェッショナルだとか、お金をたくさんもらっていないからプロフェッショナルでないということではない。
たとえば、卓球王国という雑誌の編集をして、それが生活の中心で、それでお金をもらっていれば、それは編集の
プロフェッショナルであり、マイスターなのだ。どんな仕事であれ、どのくらいのレベルでもそれで生活していれば
立派なプロフェッショナルであり、そこにはプライドがある。
スポーツ選手として、それで生活している特殊技能を持つ人ということで、ヨーロッパでは卓球のプロ選手は
ステイタスが高い。けれども、それは仕事という意味では八百屋さんや時計屋さんと同じなのだ。
日本では、成績やその人の収入などが全部高くないとプロフェッショナルと認められないし、その分野の最上級
がプロフェッショナルの意味になっている。微妙に言葉のニュアンスが違うのだ。
ただし、卓球のプロなら、卓球生活のために節制し、セルフコントロールをしなければ真のプロフェッショナルとは
言えない。良い仕事をするためにいろいろなものを我慢したり、身を削ったりして、そこに時間とエネルギーを
費やしていくのがプロフェッショナルではないだろうか。ただ単に卓球をやってお金をもらうことがプロフェッショナル
と言えるのか。お金とか時間を犠牲にしていく、ストイックなものが、ぼくが考えるプロフェッショナルなのだ。
卓球というスポーツは瞬間のスポーツだけれども、それはひとつの作品である。93年全日本選手権初優勝の時
の松下浩二の作品、2000年のクアラルンプールでの松下浩二という作品、2001年の全日本選手権の
松下浩二の作品というように、それぞれ形が違う。3次元のものとして形に残らなくても、ぼくはその時その時に
自分の作品をこの世の中に産み落としている。それがプロフェッショナルとしてのぼくの証なのだ。
今年、2002年になって、坂本竜介や岸川聖也のようにブンデスリーガに挑戦するジュニア選手が出てきた。
日本よりも卓球選手としての良い環境があるから、そういうところに行って思い切って自分の青春を卓球にかけて
ほしい。生きがいが卓球であれば、思い切って青春をかけても何らマイナスはないし、たとえそれが成功しても
失敗しても彼らの将来にとって無駄なことはない。そういった経験が卓球のラケットを置いたあとも生きてくる。
外国でチャレンジすることで失うものはない。チャレンジすること自体が彼らにとっての貴重な体験になるだろう。
…
ぼくを越すような選手、ぼくより才能があって、努力する選手が、これからもっともっと出てくるだろう。プロ宣言
したり、ブンデスリーガに行くことが特別視されていた時代は遠い昔の話になり、今後はそれが当たり前のことに
なるはずだ。
2003年、パリでの世界選手権個人戦。2004年、ドーハでの世界選手権団体戦も出場できるのならば、ぼくは
日本のために頑張る。そして、ぼく自身、今は2004年のアテネ五輪のことを考えている。4回目の五輪出場は
ぼくにとっての大きなチャレンジだ。それがぼくの新たなモチベーションになっている。
ぼくが卓球の現役選手として、自らを燃やしていく最後の炎は限られている。しかし、その炎をひときわ綺麗に、
そして熱く燃やしたいと思っている。それがぼくの日本人としての矜持であり、プロフェッショナルとしての証でも
あるのだ。
あとがき
…
試合などでも、この選手には最初から勝てないと思ってやれば、負けてもショックは小さいけれど、一生懸命
やってきて、勝ちたい勝ちたいと思って試合をやって負けたらショックは大きい。失敗することのほうが人生では
多いけれど、成功から学ぶことよりも、失敗体験から学ぶことのほうが多い。ぼく自身、順調にプロの生活を送って
きたが、その中にも苦しいことはたくさんあったし、考え方次第ではぼく自身の生活がネガティブな方向に行く
ことも多かった。失敗してショックを受けることも多いだろうけれど、それを恐れずに挑戦することで、たとえ失敗
しても次に生きてくる。ネガティブな考えの失敗は全然進歩がない。
選手というのは、卓球台に向かったら孤独だ。そこで勝つにしろ負けるにしろ、その結果は自分に跳ね返って
くる。ほかのことでは他人が助けてくれても、卓球台に向かったら、勝負は自分が決める。誰も助けてはくれない。
自分自身に自信がなかったら試合で勝つことはできない。負けた時にその理由がほかのほうを向いていたら、
自己矛盾が発生するし、その敗戦が次の試合の時には生かされない。自分のどこが悪かったのかというように
自分自身に向き合わないと解決はできない。
ひとつ言えることは、ひとりで物事を考えて、ひとりでその物事に突き進んでいく奴は力が出ないということだ。
ひとつの物事を達成するにしても、まわりでぼくを後押ししてくれる人がいるから、ぼく自身は最高のプレーが
できる。それがぼくとほかの人の違いかもしれない。プレーレベルは一緒でも、ぼくが日本で勝ち、世界でメダルを
取れたのはそういうまわりのサポートがあって、プラスアルファされて、100が120になったからなのだ。
この9年間で、ぼくに対する世間の見方はずいぶん変わった。9年前にぼくがプロ宣言をする時には、「卓球の
プロなんて…」と懐疑的で、反対の声が多かったが、今ではプロフェッショナルの卓球選手というのを認めてくれて
いる。だけど、卓球界全体のプロ化が進んでいる感じはしない。ぼくに対してはプロとして認知しているけれど、
ほかの選手はどうかというと、まだまだそうじゃない。
ぼくは卓球を愛している。愛しているがゆえに、そういった卓球界でのプロに対するイメージを変え、卓球を
まわりから見ている人のイメージを変えていきたいと思っている。プレーヤーとしての戦いと別に、「卓球人」として
の戦いも、ぼくはこれからも続けていくつもりだ。
…