卓球 夏休み終了 
    〜楽しくプレーしていた自分に〜
 NO.87 

2003.9.3作成

●2003.8.8(金)  有馬高、愛川高との練習試合  厚木西高

 夏休みも中盤に入り、有馬、愛川との練習試合を行いました。

シングルス

     佐藤 ○ 3( 5, 2, 5   )0 × 鎌田(有馬)
        ○ 3( 6, 9,-10,9  )1 × 加藤(愛川)

ダブルス

  佐藤・山田(隆)先生 ○ 3( 2, 5, 6   )0 × 深見・日高(有馬)


●2003.8.11(月)  綾瀬高、大和西高との練習試合  綾瀬高

 北相地区でトップの学校である綾瀬高校に練習試合をお願いしました。

シングルス

     佐藤 × 2(-6, 8, 9,-9,-6)3 ○ 渡辺 (綾瀬)

 北相夏季大会のときに、大和西の石川先生に試合をしてもらったのですが、最近変えたラケットではカット打ちの
ドライブができないことに気づきました。練習試合の合間に、カットマンの渡辺君に相手をしてもらったのですが、
やはり同じ状態でした。昔の丸形のラケットに戻したほうがいいですかね。


●2003.8.16(土)  相模原総合高との練習試合  相模原総合高

 北相夏季大会で団体戦3位の相模原総合高校に練習試合をお願いしました。

シングルス

     佐藤 ○ 3(-8, 6, 6,-4, 7)2 × 鈴木
        ○ 3( 6,-7,-8, 3, 5)2 × 山口
        ○ 3(-12,5, 6, 3  )1 × 小泉
        ○ 3(-14,6, 4,-8, 5)2 × 小野
        ○ 3( 0, 9, 7   )0 × 玉川

 内容は競られたものの、落ち着いて試合できました。やはり昔のラケットの方がしっくり来ますね。


●2003.8.19(火)  東海大相模高との合同練習試合  東海大相模高

 北相地区予選を控え、東海大相模高(男女)、厚木西高(男女)、津久井高(男)、厚木南高(男)、伊志田高(女)
の5校による合同練習試合を行いました。

シングルス

     佐藤 × 0(-8,-8,-5   )3 ○ 柴田
        ○ 3( 8, 5, 2   )0 × 早川

 いきなり試合したということもあるんですが、やはりカットマンの柴田君にやられてしまいました。ラバーが昔の
PF4のままだからいけないんでしょうか。もう少し、様子を見て考えたいと思います。


●2003.8.22(金)  上溝南高との合同練習試合  相模原市北総合体育館

 北相地区予選の前日、上溝南高校との練習試合を行いました。

ダブルス

  佐藤・榊原 ○ 3(12,-9,-10,7, 6)2 × 山本・川村
        ○ 3( 6, 8, 6   )0 × 安藤・間瀬
        ○ 3( 8, 9, 5   )0 × 鎌田・菊地原
        ○ 3(-8, 3, 2, 6  )1 × 染宮・斉藤


夏休み終了

 長かった夏休みも終わってしまいました。今年は、練習よりも試合をたくさん入れたので、刺激があって

楽しくできてよかったと思います。ただ、私個人としては、合うラケットをいろいろ試してみたんですが、なかなか

しっくり来るラケットが見つからず、結局、昔のラケットに戻してしまいました。

 最近、あまり勝てなくなりました。力が落ちたのでしょうかね。どうもしっくり来ないんです。以前のいい時の感触が

つかめないんです。困ったものですね。先日、『野茂とイチロー「夢実現」の方程式』という本を読んだので、

その中からヒントとなるような部分を紹介したいと思います。

 

◆つらいときこそ”楽しくプレーしていた自分”に戻れ

 素晴らしい成績を残し、周囲の注目を浴びれば浴びるほど、そのプレッシャーも大きくなる。イチローは、以前、
「ダメだ、という専門家が多いなかで、ダメでもともとだから見返してやろうという気持ちで気楽にいけたことが
よかった」と振り返ったことがある。
 だが、イチローは一つの結論を出すまで、一人で考え抜いていた。
「なぜ、プレッシャーになるのかと考えたとき、これまで自分は、他人のつくった記録を追いかけてばかりいたことに
気づきました。そして、自分のバッティングをして、それで結果が出なくてもいいじゃないかと思えるところにまで
到達したのです。野球を始めたとき、楽しくプレーをしていた自分に戻ろうと考えたのです。思い切って、自分に
できるベストを尽くすだけでいいと思ったとき、道が開けたような気がします」
 と言った。こう考えたときから、イチローは自分に対する情報を遮断し、スポーツ紙を読まなくなっている。
それだけにプレーに集中できたのかもしれない。
 その裏にあるのは、自分の技術についての絶対的な自信ではなかったか。イチローは自分にはチェックポイント
があるので、スランプはないと言い聞かせていたし、95年8月26日の佐藤のノーヒットノーランのときも、
日本シリーズ第3戦の平井のピンチのときも、
「いつでもアウトにするから、オレのところに飛んでこい」と思って守っていたと言う。そこには揺るぎない肩と足への
自信があったのだ。
「プレッシャーを友達にする」とマイケル・ジョーダンも言っているが、イチローの場合もまさにそれで、緊張時に
なればなるほど、技術的に裏付けられた自信と、自分のベストを尽くせばいいんだという集中力で、プレッシャーを
自分のほうに呼び込んで利用していったところがある。イチローは言った。
「緊張すればするほど集中力になって変わるんです」
 このあたりが、球界の改革人といわれる所以なのかもしれない。


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