将棋 今年もよろしく 
       〜楽しむ心と弾む心を持て〜 
 NO.1085 

2004.1.1作成

 

 2004年、また新しい年が始まりました。昨年は、今一つ積極性に欠けていたので、今年は何事にも意欲的に

取り組んでいきたいと思います。

 先日、「遅咲きの人間学 大器晩成のすすめ」(邑井操著、PHP文庫)という本を読みました。まだまだこれから。

楽しむ心を持ちながら、もっと上を目指してチャレンジしていきたいと思います。


楽しむ心と弾む心を持て

 藤吉郎の仕事観はこういうものだったろう。
「仕事に辛いの辛くないのとごてごていっている連中が多いが、つまらぬ話だ。骨惜しみをするから辛くなるので
ある」
「織田家へ入ったのは誰が先だとか誰の方が後だとかあれこれ言っている連中が多いが、これもくだらぬ話だ。
織田家にとって一番良いやり方をするものが勝利者である」
 こういう二つの受け止め方に、彼の考え方がよくでている。
 前者は彼の仕事に立ち向かう姿勢を示している。後者は組織の中で生きていく用意を示している。
 骨惜しみをするから辛くなる、と考えた彼は、辛くならぬために何事も進んで積極的にあたった。何によらず
ああしろこうしろと人から言われてからする仕事は、腰も気も重くなる。
 さあ一番やるか、とこちらが先にぶつかると、仕事はらくになる。先手仕掛人だ。
 信長の言うように、
「仕事は探してやるものだ。自分がつくり出すものだ。与えられた仕事だけやるのは雑兵だ」
 なのだ。指図で動く以前に自ら動くのだ。
「指示まち族」ということばが一時流行した。相手が信長だったら弾きとばされているだろう。藤吉郎は人から
言われる前に、先回りしてやってしまう。「滅法ハカのいく男」と信長から見られたのはそのためだ。
 自らその気になって人より先々にやる仕事だから、人の三倍も働くことになる。それでいていっこうに疲れない。
嬉々としているからだ。
 軽々として動き回り、楽々と仕事をこなす。人も喜び、自分も喜ぶ。
 彼の心は常に弾んでいる。というより自分で弾んでみせている。弾みをつけている。
 輻輳する仕事を前に袖をちょっとまくりあげて、ボールペンを持った手をペーパーの上で左右に五、六度はげしく
振ってから、たちまち目の回るような速さで字を書くアメリカ人を見たことがある。彼は字を書くのに弾みをつけて
いるのだ。
 藤吉郎も仕事に対し弾みをつけている。のそのそしていない。先手、先手といくからだ。骨惜しみせず打ちこんで
いると、ふと妙手がわく。工夫が加わるからだ。
 彼が信長の草履を懐にして暖めたというのは有名な逸話だ。どうしたら信長のために仕事を通して役に立とう
か、という発想からだ。織田家にとって一番いいやり方の一つが、信長を喜ばせることだった。ゴマスリではない。
道理にかなった行為で寒空の下、素足の信長に暖を与えようとしたのは藤吉郎の「心」の温かさだ。
 もう一つは彼の「頭」で弾いたソロバン勘定だ。何人もいる草履取りの中で、同じやり方では十把ひとからげだ。
特色のない自分なんておもしろくもないし、信長には認められっこない。人と変った、しかも良いやり方で認め
られ、よりよいポストで自己発揮したいと考えたのがそれ。―これは損得勘定だ。
 心は温かく、頭は冴えている。道理を踏んで打算ははずさない。だから弾みきっている。
 こういう男がこんど人の上に立ったとき、
「どうしたら部下を喜ばせることができるか」
 と、思案する。
「人心を華やかにしたもうこと、なかなか信長公も及ばざる大将なり」
 と、一言で『太閤記』の著者はそう秀吉を評しているが、さもあろうと思える。
 彼が自ら弾みをつける男だということは、随所にあらわれている。
 長久手の戦で先鋒の将・池田信輝が家康と戦って敗れ、戦死したという報が、楽田の本陣にいた秀吉のところ
へ入ったとき、彼はいきなり庭へとびおり、相撲取りのようによいしょよいしょと何回か四股を踏み、景気よく弾みを
つけ、それからただちに軍を発し、八方の兵を十六段に分かって家康を討つべく出かけている。
 総大将が敗報を得ると、「よし、これからはおれがやる」とばかり、家で四股を踏むなど、他に例をきかない。なに
か彼の周囲にはおもしろい雰囲気がただよっている。戦の真っ最中にも余裕があって、せっぱ詰まった息苦しさが
ない。
 秀吉にとって仕事は辛いものというより、どうこなしてやろうかという楽しみがあるように見える。料理人が魚を
まな板にのせ、さてどう料理してやるかなと、得意の腕をふるうような姿勢がある。鼻うたまじりの気楽さが見える
のはどういうことだろうか。
 事業はきびしいものであり、仕事は辛いものだとする考えは誰にもある。秀吉だって例外であるはずはない。
だのに信玄や家康や信長のようなきびしさや緊張感が表面に出ないのは不思議なくらいだ。
 本田技研の創業者・本田宗一郎さんが、ある日、高松宮さまから訊かれた。
「発明というものはとても大変でしょう。辛いだろうね」と。本田さんが答えている。
 「殿下は、”惚れて通えば千里も一里”という族諺を御存じですか。好きな女性のところへ行く時、心がわくわく
弾んで、千里の道もたった一里の近さに思えるわけです。よそから見ると大変だろうなと思うような困難さも、当人
は仕事ですから苦労になりません。
発明とは、私にとっては恋人のようなものでございます」
 と答えて、高松宮さまを感心させたそうな。論語に次の語がある。
「子曰く、これを知る者は、これを好む者にしかず。これを好む者は、これを楽しむものにしかず」
 秀吉にも本田さんにも仕事が好きという以上に、楽しんでいるふうがある。真のプロとはそういうものであろう。
だからきびしい半面リラックスした余裕が見られる。単に物を知っているというだけでは迫力に欠ける。弾みが
ちがうのである。
 楽しむ心を失えば弾みも消える。苦しさ辛さ疲れが、急にむっくり首をもたげてくる。


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