将棋 「先を読む頭脳」A 
            〜コンピュータ将棋〜
 NO.1426 

2006.11.26作成

 前回の続きで、「先を読む頭脳」(羽生善治、伊藤毅志、松原仁著)という本からです。

コンピュータ将棋について書かれてあったので、羽生のインタビューとその解説を紹介したいと思います。


コンピュータ将棋の印象

 このところコンピュータ将棋もかなり技術が向上し、実力をつけてきています。
 最近のコンピュータが指した棋譜を見ると、一手一手を取り上げればものすごく変な手や悪手は少なくなってきて
います。
 ただ、明らかに戦略として疑問に感じる指し方をすることがまだあります。攻めと守りのバランスがバラバラで、
結果的に無意味な指し手が続いたりするのです。そのあたりが修正されてしっかりしてくれば、これから先もっと
伸びていくのではないかと思っています。
 コンピュータは、プロでも指しこなすことが難しいと言われている戦型でも、平気でやってきます。その結果、プロ
の間でも意見が分かれている局面が現れることがあり、そんなときに指し方が大きく乱れてしまうのです。そんな
局面では絶対の正解手はなく、だからこそ難しいのです。
 そのような局面で、プロが考える選択肢の中にある手を選べるようになれば、かなり違ってくると思います。
結局、そんな局面では棋風や個人の考え方が出るわけですから、認められる範囲の中で、手を選択することが
できればいいのです。
 そのあたりがこれから先の課題であり、コンピュータの苦手な部分かもしれません。今は一局を通してみると、
どこかに人間の感覚と違う手が混じっていることが多いのです。ですから、棋譜を見て人間が指したか、
コンピュータが指したかを当てろと言われれば、ある程度は見分けることができると思います。
 今でも、最強のプログラムが相手の場合は私自身、飛車・香落ちでいい勝負だと思っています。二枚(飛車角)
落ちでは、簡単には勝てないのではないでしょうか。いずれにせよ、プログラムによっていろいろと癖も違います
ので、何回か対戦してみないと確実なことはわからないのです。
 ただ、まだ奨励会に入って勝ち抜くことができるようなレベルではありません。プロを相手に平手で勝つことは、
現状ではかなり難しいと思います。
 そうは言っても恐いのは、一手を10秒で指すようなルールでやったとしたら、今でもプロが平手で負けても
まったく不思議ではないのです。マウスを動かすのに時間がかかる分、人間が不利だということもありますが、
直観だけで指したら少なくとも勝負になるくらいのレベルには達していると思います。段位でいえばアマチュアの
四、五段クラスで、その中でも強い部類に入るでしょう。
 一言で言うと、駒がぶつかり合って直線的な展開になったらコンピュータは本当に強いのです。この局面で相手
の王様に詰みがあるかどうか。自陣がどのくらい危険なのか。そういったことを読み切る能力はものすごく、プロと
比べても遜色ないほどです。
 私はいずれ、コンピュータはプロのレベルにまで上がってくると思っています。開発している人の話を聞いて納得
させられたのは、強いソフトを開発しなくても、ハードの進歩でそのうちに追いつくだろうということです。
 つまり、コンピュータ自体が年々、少しずつであっても進化していきますから、弱くなるということは絶対にありま
せん。そうやって能力が上がっていけば、いつの日か必ずプロのレベルになるでしょう。
 私が思っているのは、そのときには一手一手がなるほどと思わせるような将棋を指すようになってほしいという
ことです。プロが見ても感心するようなレベルになってくれたら、非常にいいと思うのです。
 実際には、コンピュータがそのレベルになるときには、非常に粘り強い将棋を指すようになっているだろうと予想
しています。
 相手になかなか決め手を与えず、受けに関してものすごくしっかりしているので、攻めても攻めてもなかなか攻め
崩せない。そんな強さを備えた形でレベルが上がっていくのではないでしょうか。
 ただ、私はコンピュータがそれくらい強くなったとしても、将棋そのものの魅力が薄れるというものではないと
思っています。
 将来的にも、将棋の全容が解明されることは絶対に有りえないでしょう。そのことはすでに証明されています
から、仮にコンピュータが人間のレベルに追いついたとしても、将棋の可能性が狭まるわけではないのです。
 私はそのことに特に抵抗感はありませんし、むしろそのときにどんな将棋を指すのか見てみたいという気持ちが
強くあります。

【解説】

未知の領域を切り開く

 2005年夏、カナダ在住の物理学の研究者が開発した「ボナンザ」という強力なソフトが登場しました。それまで
のソフトは、「枝刈り」といって評価関数が高く見込みのありそうな手だけを選んで読んでいました。前にも述べ
ましたが、将棋の手は膨大な変化があるため、これまではチェスのソフトのように全ての手を読むことは難しいと
言われてきました。
 しかし、ボナンザはその困難と言われた全ての手を読む「全幅検索」で10数手先まで読むことに成功し、しかも
評価関数も自分で学習していくという画期的なソフトであると言われています。果たしてこのソフトがどこまで強く
なっていくのか、大変に注目を集めています(まだ現れたばかりのプログラムなので、本書を書いている時点
では、その構造について、開発者ご本人の断片的な言葉をつなぎ合わせることでしか推測できていません。その
強さの秘密はこれから明らかになることでしょう)。
 また2005年9月、プロ棋士の橋本崇載五段と「タコス」という将棋ソフトが、ハンディキャップなしの平手で公開
対局を行いました。この対戦で「タコス」は橋本五段をあわやというところまで追い詰めますが、橋本五段が粘って
辛うじて逆転勝ちを収めました。
 その結果を聞いた日本将棋連盟は、今後プロ棋士が勝手に公の場でコンピュータと対戦することを禁じる方針
を打ち出しました。これは、ある意味でプロ側の危機感のあらわれと言っていいかと思います。
 現時点で、最強のコンピュータソフトに勝てる人間は、100数十人のプロ棋士を含めて、せいぜい500人程度だ
と思われます。800万人と言われる将棋人口の、上位0.01パーセント以内にまで入ってきたのです。羽生さんも
「コンピュータは近い未来、プロ棋士のレベルに上ってくるだろう」と予想していますが、実際にコンピュータがプロ
に平手で勝つ日はやがて来るはずです。
 ただ、その場合にどんな条件で対戦するかも問題になってきます。今でも、全ての手を10秒以内に指す「10秒
将棋」では、コンピュータソフトがプロに勝ったりしていますが、もちろん公式に認められるものではありません。
やはり、記録に残す以上はプロの主要なタイトル戦と同様に、持ち時間をそれぞれ9時間と決めて2日間に
わたって指すといった形にする必要があるでしょう。あるいは、持ち時間3時間の1日制の方がいいかもしれま
せん。コンピュータは最大でも数分間しか考えないので、持ち時間を長くするメリットはないのですが、あとで「人間
に不利だった」と言われないような状況で対戦しなければならないと思います。
 ただ、理解していただきたいのは、研究者たちはプロにも勝てるソフトを作るということだけでなく、コンピュータが
将棋の発展に貢献できることを願っているということです。人間とコンピュータは同じ土俵で戦うことはできますが、
やはり全く異なる存在です。人間は長時間考えれば疲労しますが、コンピュータは全くしません。人間同士の勝負
では心理的なかけひきや勝負術といったものが重要になりますが、コンピュータにはそういったものは一切通用
しません。
 ですから、単に競い合うのではなく、共同して将棋の神様に挑んで、未知の領域を切り開いていく。それが理想的
な姿です。それぞれ異なる個性をもつ両者の頭脳が合体すれば、将棋というゲームはさらに深みを増していくの
ではないでしょうか。 


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