| 将棋 「『天才脳』の育て方」 〜ホームページ9周年〜 |
NO.1443 |
2007.1.22作成
この「将棋と卓球と数学の部屋」というホームページも、1998年以来、今日でちょうど9周年になりました。
少なくとも、せめて切りのいい10周年までは、頑張って作っていこうと思います。
先日、本屋に行った時、No.1438〜1440で紹介した茂木健一郎さんの本があったので買ってみました。
NHK教育テレビの人気番組「科学大好き土よう塾」のスペシャルブックで、大反響を呼んだ養老孟司・茂木健一郎
両氏による「『天才脳』の育て方」というDVD付きの本です。そのDVDには、両氏の登場回の番組が収録されて
いる他に、”ひらめき能力”を鍛える「アハ!体験」クイズ オリジナル50問も付いており、とてもお得です。親子で
楽しめるので、ぜひ買ってやってみて下さい。
その本の中のPART1 茂木健一郎さんの「『ひらめき』を育てる」という部分から、少し紹介したいと思います。
『ひらめき』を育てる
”ひらめき力”が人生を豊かにする!
天才というのは、何か特別な人だと思っていませんか?じつは、天才のタネ=「ひらめき」は、誰の脳にもあり
ます。脳の中の「ひらめき」を育てれば、どんな子どもでも天才に近づけるのです。この「ひらめき」を育てるのに
役立つのが、「アハ!体験」。どのようなプロセスで「アハ!体験」が起こり、なぜ脳にいいのか。脳科学者の
茂木健一郎先生に教えていただきました。
ひらめきによって凡人がある日突然、天才に?!
養老先生との対談や番組の中で触れたように、育ちざかりの子どもたちにとって本当に大切なのは、詰め込み
重視の受験勉強ではありません。
それはずばり、「ひらめき」と「創造性」です。
ニュートンが木からリンゴの落ちるのを見て「万有引力の法則」を発見したのも、アインシュタインが相対性理論
を完成させたのも、すべては天才的なひらめきがあったから。つまり、何かを見たり感じたりして、そこから他人の
想像もつかないような結果を生み出す「ひらめき」こそが、天才のタネなのです。
多くの人は、テストでいい点を取るのが、頭の良さを証明することだと思いがちですが、それではせいぜい、並み
の秀才にしかなれません。しかし、天才的なひらめきがあれば、ノーベル賞に値する発見だって、世界経済を
動かすビジネスだって、決して不可能ではないのです。もちろん、ひらめきがあれば、効率の良い勉強方法だって
おのずと工夫することができますし、日常生活においても、他人とコミュニケートするちょっとした言い回し、
おしゃれな服の組み合わせなど、さまざまな状況でそれを活かすことができます。
「ひらめき」とは私たちの生活を変え、豊かにしてくれる大切な能力。その人の人生を一瞬にして変えてしまうほど
の力があるのです。
「アハ!体験」のプロセスがひらめきを生み出す
それでは、「ひらめき」の正体を脳科学の視点から具体的に解き明かしていきましょう。
人間の目から入った情報は、脳のうしろ側=後頭葉に入ります。そして、神経細胞を通して前のほう=頭頂葉や
前頭葉に伝えられ、それがまたうしろにもどってきます。
ただし、脳は人間が見た情報をひとつのものとして記憶するのではありません。顔なら、目、鼻、口といった
ように、各パーツに分けて記憶します。なぜそうするかというと、応用がきくから。応用をきかせると、笑った顔でも
怒った顔でも、同じ人間の顔だと理解することができるのです。
「ひらめき」のメカニズムも、基本的にはこの脳の働きと同じ。バラバラな情報を脳の中で適切に組み合わせると、
それが「ひらめき」になるのです。神経細胞はひとりの脳の中に約1000億個あり、さらにそれぞれの神経細胞
から1万個ほど手が出ています。つまり、それだけ組み合わせの数があるということです。
さらにおもしろいのは、脳の中で情報と情報が結びついて何かのひらめきが起きると、脳が「Aha!」となること
です。「Aha!」とは、日本語でいえば「あっ、そうか!」といった意味。「アハ!体験」は時間にするとわずか0.1秒
程度ですが、この体験を繰り返すとそれだけ脳が喜び、ひらめく力が育っていきます。これが、天才のタネが育つ
ということなのです。
ならば、この「アハ!体験」の状態を人工的に作り出すことで、どんどんとひらめく力を育てることができるのでは
ないか?そうやって考案されたのが、本書やDVDにも収録されている「アハ!ピクチャー」(かくし絵)や「アハ!
センテンス」(へんてこ文章)です。
たとえば、「アハ!ピクチャー」をながめていても、答えがわからない間は頭の中がなんだかもやもやとしている
はずです。このとき脳の中では、意識をつかさどる大脳皮質の「前頭葉」が、記憶を処理する「側頭葉」に、「あれ
は何か?」と答えを求めています。これは、それまで蓄積してきた脳の中の記憶を使って、ひらめきを要求している
状態です。もやもやしている間は、その作業に脳内の機能を使ってしまって他のことができないため、「ど忘れ」の
ときのような苦しさもあります。
しかし、この状態こそが、ひらめきを生むのに重要なプロセス。「アハ!」とひらめいたときの快感は大きいもの
ですが、そこに至るまでの、もやもやとした状態が「ひらめき」へジャンプするための跳躍台になっているのです。
ひらめきのタネを見張る脳のアンテナと司令塔
ところが、そこにはもうひとつ厄介な問題があります。ひらめきはいつ起こるかわからず、せっかくひらめいても、
逃してしまう(気づかずにいる)可能性が高いのです。
そこで、いつ起こるかわからないひらめきを逃さないよう、ひらめきを定着させるための回路が脳にはあります。
前頭葉にある「ACC(前部帯状回)」と、その近くにある「LPFC(外側前頭前野)」がそれです。
ACCは、たとえば痛みを感じるようなことが起きるとまず反応するアンテナのような部分。脳内で注目すべきこと
が起きる場合にも活動します。
一方、LPFCは脳の司令塔ともいうべき場所。ACCから送られた情報をもとに、脳内の各神経細胞に信号を
送って活発に働かせたり、逆に休ませたりしながら、特定の情報に脳を集中させるのです。脳の中のアンテナと
司令塔。これらふたつの連係プレーで、私たちの脳はひらめきのタネがないか、つねに見張っているのです。
創造性の大きさは「体験の量×意欲」
ひらめくためのプロセスとは、意識を司る前頭葉が、記憶を処理する側頭葉に一生懸命答えを要求している
状態です。じつは、記憶したことを思い出そうと側頭葉が働くことと、創造性を生み出すメカニズムとが、非常に
似たものであることがわかっています。
ということは、ひらめくためには記憶として蓄積されている情報が必要だということです。考えてみればこれは
単純な理屈で、そもそも何もないところから新しい発想が生まれるはずがありません。もとになる記憶の蓄積が
豊かであればあるほど、それを素材とした創造のプロセスの可能性も広がるのです。
先ほどの「アハ!体験」でも、たとえば「アハ!ピクチャー」で示された絵の中に何が隠されているかに気づく
には、そのもとの絵に類する風景や写真をどれだけたくさん見て記憶しているか、という体験が大きくものをいい
ます。
整理すると、ひらめきのもとになる創造性は、「体験の量×意欲」のかけ算で表すことができます。
ここでいう「意欲」とは、前頭葉が一生懸命に何かを思い出そうとしたり、ぼんやりとしたイメージを具体的な文章
や計算式といった形にしようとしたりと、脳をエネルギッシュに働かせること。一般に、年をとると人間の意欲は
衰えてくるといわれていますが、そのぶん、体験の量は増えていきます。したがって、何歳になってもひらめくことは
できるのです。言い換えれば、意欲の高い、経験豊富な高齢者がいちばん創造的な人とさえみることができるの
です。
テストの成績だけではひらめき力を計れない
当然、ひらめきに必要な体験の量だけでなく、その体験の内容や質についても考えなければなりません。
数学や物理の研究においても、まず基礎を知らなければ何も発見することはできません。情報を蓄積するという
意味では、学校の詰め込み教育だって、かならずしも役に立たないというわけではないのです。
ただし、それも先ほどの「体験の量×意欲」でいう創造への「意欲」をともなって初めて有効なものといえます。
そのような意欲自体を失わせてしまう詰め込み教育には、やはり問題があるといわざるをえません。詰め込み式
学習の象徴たる受験勉強ばかりでなく、脳が「アハ!」となる体験が大切なのはそのためです。テストの成績で
学力を比べるシステムでは、ひらめきはまったく評価されないからです。
不思議だと思う心を持ち続けるのが大切
こうした学校教育での評価が自分に対する評価のすべてだと思ってしまうと、ひらめきを生む力は伸びないかも
しれません。「私は人よりも頭が良くない」「ひらめきなんて私には関係ない」という思い込みは、いわば脳に対する
「抑圧」です。抑圧すると潜在的な能力を発揮することができなくなるのも、脳という器官の特徴です。
ですから、ひらめき力をより大きく育むためにも、リラックスした状態を作り出すことが大切です。これは私自身の
体験ですが、大学院生だった頃、ある先輩から「茂木君、履歴書に1日だけでも穴が開くと大変なことになるから、
就職できなかったら研究生にしてもらうといいよ」と言われてすごく息苦しく感じたことがあります。
ところがイギリスに行ったら、高校から大学へ上がる際に「ギャップイヤー」という制度があるではありませんか。
ギャップイヤーとは、大学に合格したあとに入学資格を保ったまま過ごせる1年間のこと。このギャップイヤーに、
イギリスの若者は世界を放浪したりするのです。両国の考え方の違いを目の当たりにするにつけ、日本という国は
なんと抑圧された社会なのかと思ってしまいます。もっと日本でも抑制を取り払い、脳の活動を自由にさせられる
環境があればいいのですが。
「ひらめき」は、誰の頭の中でもしょっちゅう起こっていること。ただ、それに自分で気づかなかったり、関心を持とう
としなかったりするだけのことです。
たくさんのひらめきが生まれ、それを脳の中に定着させることができるよう、できるだけたくさんの体験をして、
わからないことに対しては「どういうことなんだろう」「不思議だ」と思う心を持ち続けてほしいと思います。人間の
ひらめく力には、可能性と希望がいっぱい詰まっているのですから。